曹操孟徳

三国志
11月15日(水)10時00分配信

曹操孟徳(そうそうもうとく 155~220)

字は孟徳。後漢末の動乱期に献帝を擁し、赤壁の戦いでは敗れるも中国北方を領有、魏国の基を築く。建安文壇をリードした当時一級の詩人でもあり、「非常の人、超世の傑」と賛辞を送られている。

三国志

木工助家貞

平家物語
11月15日(水)10時00分配信

木工助家貞(もくのすけいえさだ)

伊勢平氏の父祖伝来の郎党で、武家の家訓を守り、主従の礼を崩したことのない忠義者。
平治の乱前夜、熊野参詣の折、都で起ったクーデターで、武器を持たない清盛が思案に暮れている時、木工助は必要な武器のすべてを揃えて清盛の前に示す。木工助がいなければ、清盛はなかった、といっても過言ではない。

平家物語

泰子

平家物語
10月5日(木)13時11分配信

泰子(やすこ)

平忠盛の妻。清盛、経盛などの母。もと祗園女御と呼ばれた白拍子で、白河法皇の寵姫だった。法皇より忠盛に与えられ、清盛を産んだ。泰子は享楽的に本能のままに行動し、世の規範というものが当てはまらない。貧乏平家の忠盛に愛想をつかし、子供たちを残して家を出て行ってしまう。

平家物語

平 清盛

平家物語
10月5日(木)13時11分配信

平 清盛(青春時代)(たいらのきよもり)

平忠盛の嫡子。白河院の落胤説もある。母泰子に反発し、出生の秘密に悩む青年清盛は、まことにその辺にいる劣等感にさいなまれる若者と変りがない。母のわがままで、家計はまたたく間に窮し、叔父の家に借金の使いをする情けない青春。この頃、平時信の娘時子と結婚している。

平家物語

平 忠盛

平家物語
10月5日(木)13時10分配信

平 忠盛(たいらのただもり)

伊勢平氏の棟梁。藤原貴族の奴僕のような地下人、武士の階級から、貧乏に耐え、わがままな妻・泰子に耐え、ひたすら耐えて一門が世に認められるのを待った。清盛はそういう父を見、尊敬していた。朝廷は、源氏の台頭を抑えるために平家を重用し、忠盛はよくそれに応えた。

平家物語

張飛翼徳

三国志
10月5日(木)13時09分配信

張飛翼徳(ちょうひよくとく ?~221)

字は翼徳、または益徳。劉備の末弟。“万人の敵”と称されるほどの猛将で、長板橋での勇猛ぶりは名高い。三国志説話が広まった唐の時代には、トリックスターとして、庶民の人気を一身に集めた。

関羽雲長

三国志
10月5日(木)13時08分配信

関羽雲長(かんううんちょう ?~219)

字は雲長(うんちょう)。劉備の義弟。知勇兼備の武将。劉備の入蜀後は荊州の守備を委ねられたが、孫権との戦いで戦死。義理固く情の熱い人物として、後世、各地の“関帝廟”に神として祀られた。

劉備玄徳

三国志
10月5日(木)13時08分配信

劉備玄徳(りゅうびげんとく 161~223)

字は玄徳(げんとく)。漢王室の血を引く。関羽、張飛と義兄弟になり、諸葛孔明の補佐を受けて長江上流域を支配、蜀を建国、皇帝となる。部下を惹きつける中国的な“徳”を持った人物。

諸葛亮孔明

三国志
10月5日(木)13時02分配信

諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい 181~234)

日本では字の孔明で知られる。荊州で晴耕雨読の生活をしていた27歳の時に、劉備の“三顧の礼”に応えて出盧。“天下三分の計”を実現し、劉備の死後も蜀のために一身を捧げた名宰相。